しかし、その道に出ると、ぱっと目を射るばかりのまぶしさだった。8月に祖母と眺めたときは、りんごの葉と畑らしいものしか見えなかった場所に、いまは見渡すかぎり、一面にりんごの花ざかり、しかもそれらの木々は稀有の糸旬爛を誇って、まだ見たこともないすばらしいばら色のサテンを日にかがやかせながら、袖をよごすまいと気をつけるふうもなく、泥のなかに、ダンス・パーティの盛装で立っていた。海のはるかな水平線は、りんごの木々の向こうに、まるで日本の版画の背景のような効果をたたえていた。私が頭をあげて、花間のうららかな、強すぎるほどの群生をのぞかせている空を眺めようとすると、花々はあいだをあけて、この楽園の深さを見せてくれるように思われるのだった。そんな青空の下に、微風はそよそよとわたりながら、しかしまだつめたく、赤みを帯びた花の束をかすかにふるわせていた。青山雀たちは枝々にきてとまり、花のあいだをのんきにとんでいた、あたかも異国趣味と色彩とに凝る誰か好事家がいて、このように生きた美を技巧的につくりだしたかのように。しかしそうした美しさが涙を催すまでに心を打ったのは、その洗練された芸術的効果をどんなに誇張してもけっして不自然には感じられないからだった、そしてそれらのりんごの木々がフランスの一街道に沿った野原のまんなかに、納付のように立っているからだった。やがて日ざしを襲って急に雨脚がやってきた、その雨の線は水平線の全体にさっと糸高目を刷き、りんごの木々をグレーの網につつんだ。しかし木々は、降りそそぐ~雨を浴びて氷のようにつめたくなった風のなかに、その花ざかりのばら色の美しい姿をそのままたたせ続けていた、それは春のひるさがりだった。 — P.309、マルセル・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第6篇 ソドムとゴモラ I
スワンの恋より… p503
そんなとき、彼女が彼とフォルシュヴィルにオレンジジェードをつくっているあいだに、突如として、あたかも焦点の合わない証明が、はじめは対象のまわりの壁面に大きな幻のような影をさまよさせるが、やがてその影がせばまり、対象のなかに消えうせるときのように、スワンがオデットからつくりあげていたおそろしい、動揺する思考は、すべては消えさり、スワンの面前にいるそのかわいい女のからだのなかにはいって一体となるのであった。彼はふいにこんなことを考えるのであった、ーーこのようにオデットのもとにいて、ランプの下で送るこの時間は、おそらく芝居の小道具やボール紙の果物で組み立てられた人工的な時間、彼のためにとくに用意された時間ではなくて(つねに自分の念頭にあって、しかもはっきり想像することができない、あのおそろしく、また感覚をそそるもの、すなわち、オデットのほんとうの生活、そんな実生活の一時間を被いかくすためのいつわりの時間がではなくて)、これこそおそらくオデットの正真正銘の一時間なのではないか、もしここに彼がいなかったら、彼女はフォルシュヴィルにやはり同じ肘掛けをすすめ、名も通っていないような飲物ではなく、きっとこのオレンジジェードを注ぐのではないのだろうか、オデットが住んでいる世界は、あけても暮れても彼が想像のなかで彼女が住まわせているあのおそろしい超自然の別世界でもなはなく、特殊な悲哀を発散させてはいず、またそこには彼がこれから書きものをすることもできるこうしたテーブルがあり、彼がこれから飲ませてもらうこんな飲物もあるといった現実の世界なのではないのだろうか、と。スワンはそうしたすべてのものを、感謝とともに、それに劣らない好奇心、感嘆の念をもって、ながめるのであった、というのもそれらすべての物は、彼から夢想によってゆたかになり、夢想に現実のかたちをあたえて手に触れることができるものにし、彼の精神に興味をおこさせ、彼の眼前で浮彫になるとともに彼の心を沈めたからである。ああ!運命がオデットと一つの家に住むことを許していたら、彼女の家にいることが彼の家にいることになるのであったら、朝、オデットがボワ=ド=ブローニュ大通りを散歩したいというときに、
p.505
しかしながら、彼は、自分がそのようになつかしく思っているのは、平静、平和であって、自分の恋のためには好ましくない雰囲気ではなかろうかと、とうたがってもみた。オデットが彼にとってつねに不在で、なつかしさを残し、想像を刺激する女であることをやめるときには、そして彼女に抱く感情がソナタの楽節によってひきおこされたのとおなじあおの神秘な困惑ではなくて、愛情となり感謝となるときには、まだ二人のあいだに彼の狂気と彼の悲哀とにけりをつけるような正常な関係がなりたつときには、おそらくオデットの生活面の諸行為にはそれ自体措定は彼にとって興味のないことにみえるだろう、ーーこれまでに何度となく、たとえばフォルシュヴィルにあてられた手紙を封筒を透かして読んだ日などに、そうではないかとうたがったように。彼はあたかも研究のために自分の病菌を接種したかのような明敏さで、彼の痛みを考察しながら、自分にいうのであった、この痛みから回復してしまったら、オデットが何をしてくれようとも、彼にとってはもうどうでもいいことになってしまうだろう、と。しかし、じつをいえば、そんな病的な状態のなかで、彼が死とおなじほどおそれていたのは、現にあるすべての彼の状態の死を意味するそのような快癒なのであった。
p476
オデットの生活のほんのわずかだが、あたかも未知の世界のなかにじかに切りこまれたせまいあかるい裁断面を通して見るように、彼のまえに暴露されたのであった。ついでに彼の嫉妬は、そのように露見した秘密をたのしむのであった、その嫉妬は、まるでひとり立ちしてゆき、自分だけを肥やす生活力をもち、自分をやしなうものならなんでも、たとえスワン自身を犠牲にしてでもむさぼりとるといった生活力をもっているかのようであった。いまこの嫉妬は糧をえたのであり、やがてスワンは、オデットが5時ごろに受けた訪問に、毎日不安をおぼえ、この時間にフォルシュヴィルがどこにいるかをするようになるだろう。(略)
彼の嫉妬は、第一、第二、第三と触手をのばす蛸のように、この夕方の五時という時間に、つぎにはまた他の時間に、つぎにはまた他の時間に、それからさらに他の時間に、というふうにぴったりとからみついた。しかしスワンは自分の苦しみを自分のなかからつくりだすことはできないのであった。彼の苦しみは外部からきた一つの苦しみの回想、そのかくし味の不断の連続にすぎなかった。
p462
彼の嫉妬がよみがえらせてくれたものは、勉強好きであった若いころのもう一つの精神作用であった、つまり真実への情熱であった、それも彼と愛人とのあいだにあって愛人の光を受ける真実なのだが、またオデットの行為、彼女の交際、彼女の計画、彼女の過去を、その唯一の対象とし、無限の価値をもった対象とし、ほとんど利害を離れた美をもった対象とするまったく個人的な真実への情熱であった。スワンの生涯の他の時期にあっては、ある人間の日常の些事や起居は彼にとっては無価値に見えた、そうした事柄についておしゃべりをきかされても無意味なことだと考えたし、また耳を傾けても、そうしたことに興味を持ったのは彼の一番卑俗な注意力であって、そんなとき彼は自分を平凡極まる人間だと感じるのであった。ところが恋愛というこの奇妙な時期には、相手の個人というものがまったく意味深長なものになるのであって、彼もまた一人の女の日常の些事にたいしてさえ、自分のなかに好奇心が目覚めるのを感じ、その好奇心は、昔彼が歴史に抱いたそれとおなじものであった。そしていままでならはずかしいと思うようなすべての事柄、たとえば、窓のまえでそっとなかのようすをさぐったり、いや、もしかすると、あすにでも、無関係者にかまをかけてしゃべらせたり、召使を買収したり、戸口で盗み聞きしたりするようなことが、彼にはもっぱら、テキストの判読、種々の証言の比較研究、記念碑の解釈などと同様に、真に知的な価値をもった科学的調査の方法であり、真実の探求に最適の方法であると思われるのであった。
p.451
そして、恋に身を置くという官能のよろこび、恋だけに生きるという官能のよろこび、ときどきその現実性が彼にうたがわれるほどの官能のよろこびのために、非現実的な感覚の愛好者として彼の支払っている代償が、要するにその彼にその官能のよろこびの価値を増させたのである、ーーーあたかも海のながめや波のひびきをそれほどすばらしいものとは知らない人々がそうした風景をたのしませてくるホテルの一室を一日百フランで借りることで、風景のよさと同時に、自分たちの損得を気にかけないまれにみる趣味の良さをも、自分ではっきり認めることがあるように。
p.396
おそらく、彼にとってオデットが重要になったのは、この苦悩のせいであったかもしれなかった。他人というものは、ふだんはわれわれにとってひどく苦しみやよろこびとなるものの可能性を感じ取ったとき、その人はわれわれにとってべつの宇宙に属している人のように見え、時でつつまれ、われわれの生活に感動的なひろがりをあたえ、そのひろがりのなかで、その人は多少ともわれわれに近づくにすぎないのであろう。スワンはやがて訪れる数年のあいだに、オデットが自分にとってどういうものになるかを、混乱なしには考えられないのであった。ときどぎ、そうした晴れたさむい夜に、彼の目と人気のない街路とのあいだに光をふりそそぐさめざめとした月を、彼のヴィクトリアのなかからながめながら、彼は付きの面のようにあかるくて、ほんのりばら色に染まったあのもう一つの顔、ある日彼の施行のまえに浮かびあがり、そしてそれ以来、この世界に神秘な光を投げ、その光のなかで彼がこの世界をながめるようになったあの顔のことを考えるのであった。オデットが召使たちをやすませてしまったあとに彼が着くとき、彼は小さな前庭の門の呼び鈴を押すまえに、まず裏手の通りに立ちまわり、隣接家屋の、そっくりおなじだが、もうあかりのない窓々のあいだに、ただ一つあかるく残っている彼女の一階の部屋の窓が、その裏通りに面しているところに行くのであった。彼が窓ガラスをたたくと、彼女が、それと知って答え、反対側の表入り口に出て彼を待っていた。彼はピアノの上に彼女の好きな曲のいくつかがひらかれているのを見るのであった。たとえば、「ばらのワルツ」とかダイアフィコの「あわれな狂人」など
P374
自分の生活を社交界の交際や会話などにせまく限定してきたのをつねに後悔していたのであって、これらの大芸術家たちもまたたのしみをもってそうした顔ーー彼らの作品に現実と生命との一種特別な証明、一種の現代的な味わいをあたえている顔ーーを観察し、それらをその作品に盛ったという事実のなかに、大芸術家たちから自分に与えられた寛大な一種の罪のゆるしを見出しているつもりであったのであろうし、またおそらく彼は、社交界の浮薄さに屈するままになっていたので、こんにちの人間の個人の名前に若返ることができるような、まえもってなされたそんな暗示を、古い作品のなかに見出す必要を感じていたのだろう。おそらくは、逆に、古い肖像画と、それに表現されていない彼の身辺のある個人とが、非常に類似している結果、そういう個人的な特徴がこの類似のなかで完全に解きはなたれ、自由に生かされているのをみるとき、彼は、一段とひろい意味をおびたそういう個人的な特徴をとらえてよろこぶだけの、芸術家の素質をじゅうぶんに備えていた、ともいえるだろう。;それはともかくも、彼がしばらくまえから体得するようになった印象の充実が、その充実はむしろ音楽への愛好へとともにやってきたとはいうものの、絵画にたいする彼の趣味のゆかたにしたからであって、楽しみは一段とひろくなりーーーそしてその楽しみはスワンに永続的な影響をおよぼすことになるのだがーーそのたのしみをいま彼は、オデットとのあのサンド・ディマリアーノの作になるチッポラとの類のなかに見出したのだ。
P395
この夜会から、スワンは、彼にたいするオデットの以前のような感情がふたたびよみがえらないこたお、幸福への彼の希望がもはや実現されないことを理解した。そして、たまたま彼女がまだしおらしく、やさしくしてくれた日があっても、たとえ彼女が何か心づくしをしてくれたあとでも、彼のほうに一時だけもどってきたかに見える、うそをかくしたうわべのしるしを彼は読みとりながら、最後の日が近づいた不治のやまいの友人を看護する人たちが、避けられない死を目のまえにしてそんなことになんの意味もないと知っていても、貴重な事実を話すかのように、(略)などと語るときの、あの感動と懐疑とのこもった心遣、あの絶望の底にある陽気さに注意するのであった。
P597
「人は自分が幸福なことに気がつかない。誰でもけっして自分が思っているほど不幸でもないのだ」しかし彼はこうした生活がすでに数年もつづいていることを考えた、自分が望むことのできるすgべては、こうした生活のいつまでもつづくことなのだ、幸福を何一つもたらすことのできないランデ=ヴーへの日々の期待のために、自分の仕事も、たのしみも、友人たちも、ついには全生涯さえも、犠牲にすることになるのだと考えた、そして自分の仕事も、たのしみも、友人たちも、ついには全生涯さえも、犠牲にすることになるのだと考えた、そして自分の運命を台なしにしたのではないか、自分にとって望ましい事件は、夢のなかでしか起こらなかったことをあのようによろこんだ事件、つまりあの出発ではなかったろうか、と彼は自問し、そして心につぶやいた、人は自分の不幸なことに気がつかないj,誰でもけっして自分で思っているほど幸福ではないのだ、と。
ときどき彼は、朝から晩まで外出している彼女が、街のなかや道路で、ふとした事故にあって、なんの苦しみもなく死んだらと望むことがった。そして、彼女がぶじに帰ってくると、人間のからだが、ひどく柔軟であり、強靭であって、周囲におこるすべての危険(ひさかに事故死をねがって危険を計算して見るようになって以来、危険は数限りなくあることにスワンは気づくのであった)、そんな危険を、たえず食いとめ、未然に防ぐことができ、そんなふうにして、人々にたいして毎日ほどんとさしさわりなく、その虚偽の行為と快楽の追求にふけらせていることに、彼は感心するのであった。
P612
スワンはすでにありとあらゆる可能性にあたってみたのであった。こうしてみると、現実は可能性とは無関係な何者かなのだ、それは頭上のゆるやかな雲の流れと無関係に胸に受けるナイフの一撃のようなものだ、というのも、この「二度か三度」という言葉が、彼の心臓にぐさりと刺さって、一種の十字架の跡をきざみつけたからであった。じつにふしぎなことだ、この「二度か三度」という言葉、ただの言葉に過ぎず、空中で、彼から離れたところで発生されたこの言葉が、実際に彼の心臓にふれたかのように、彼の心をひきさき、のみくだす毒のように彼を病気にすることができるとは。ふとスワンは、サン=トゥーヴェルト夫人のところできいたあの言葉、「こんどなに大したものをみたのは、コックリさん以来ですわ」を考えた。彼がいまになって感じる苦しみは、かつて想像したものとは似てもつかぬものであった。それは単に、これまでもっとも不信を抱いたときでも、こんなにまで極端な不幸を想像したことはほとんどなかったからばかりでなく、またたとえこうした不幸を想像したその想像はいつも漠然として、不確実で、そこには、「たぶん二度か三度」という言葉から出てきた恐怖のこんな異例の戦慄はなかったし、はじめてかかる病気のように彼がこれまで知ったどんな経験とも異なるこのような特殊な残酷さも、まったく欠けていたからであった。それでも、こうした不幸ののすべてを彼にもたらす原因であるこのオデットがは、彼にとっていとしい女でなくなったわけではなく、むしろ逆に、苦しみが増すにつれて、この女だけがもっている鎮痛剤的な、解毒剤的な価値が増すかのように、いよいよたいせつになるのであった。彼は悪化していることがにわかにわかった病気のように、いっそう彼女に気をつけてやりたかった。彼女が「二度か三度」やったというおそろしいことがふたたび起こらないようになってほしかった。そのためには、オデットから目を話してはならなかった。友達にその愛人の過ちを知らせるのは、かえって二人を近づける結果にしかならないのは、相手の男がそんなあやまちを信じないからだ、とよくいわれるが、しかし信じたとしたら、さらに猛烈に二人を近づけるだろう!
P617
スワンを見舞ったこの再度の打撃は、最初の打撃よりももっと猛烈だった。その事件がそんなにも最近の事柄であったとは、彼には思いおかけなかった、それは、彼が知らなかった過去ではなく、あんなにはっきりと彼が重いだせる一連の宵であり、彼がオデットといっしょに過ごし、あんなにくわしく知ったつもりでいた宵であったのに、彼の目にかくされていて、見破れなかったのだ。(略)
しかしオデットは、彼の目が、彼の知らなかった事柄、二人の恋の過去の上に、じっとそそがれているのを見た、その過去は彼にとって、これまで漠然としていたから、彼の記憶のなかで、短調で、快かったが、いまは、レ・ローム大公夫人の晩餐会がすんでから、月夜のブワの森ですごされたあの時間によって、傷口のようにきりさかれていた。しかし彼は人生をある習慣、人生を興味あるものと見なす習慣ーー人生のなかに見出すことのできるめずらしい発見に感心する習慣ーーを深く身につけていたので、このような苦痛にはとうてい長く堪えることはできないと思うほど苦しみながらも、心のなかではこういうのであった。「人生はじつにおどrくべきものであって、思いがけない美しいものをたくわえている、悪徳にしても、要するに、案外範囲が広いものなのであろう。ここにぼくが信頼していた一人の女がいる、いまでは至極単純で、たいそう誠実そうに見える、たとえ浮薄な女であったとしても、ともかく、本人は正常で、好みも健全に見えた、そんな女を、ぼくはほんとうらしくもない密告にもとづいて詰問する、そして彼女の告白したわずかのことが、ぼくのうたがよいよりもはるかに多くのことをもたらすのだ。」しかし彼は、どうしてもこんなのんきな考察だけにとどめてはおけなかった。彼は結論として、彼女はこれまでにその種のことをしばしばやってきたから、それはまた今後もくりかえされるだろう、という断定を下していいかを知ろうとしてオデットが話したことの価値を正確に評価しようとつとめるのであった。彼女がいった言葉、「そのひとがどういう魂胆でいたのか、私には見えすいていたのよ」、「二度か三度」、「あら、うそよ!」を彼は心のなかで繰り返すのだった、しかしそれらの言葉は、スワンの記憶のなかに、素手であらわれるのではなくて、それぞれがみんな短刀をもっていて、それらにふれるたびに新しく彼に一太刀浴びせるのであった。かなり長く、彼は、病人が痛むからだをたえず動かさずにはいられないように、「私はここのほうがいいわ」、「あら、うそよ!」といった言葉を口のなかでくりかえしたが、苦しみがあまりにもはげしいので、中止しなくてはならなかった。彼はいつもあんなに軽く、あんなにのんきに判断していた行動が、いまでは致命的な病気のように重大なものになってしまったことに愕然とするのであった。彼はオデットの監督をたのむことができるような多くの女性を知っていた。しかし、彼女らが現在の自分とおなじ見地にたってくれることをどうして望めるか?
P621それに時がたつにつれてすこしは忘れたところで、また、罪をゆるしたところで、なんのたすけにもならなかったーー彼がそれらの言葉をくりかえすと、あのおなじ苦しみが、まだオデットがうちあけなかった以前の状態、何も知らずに信じきっていた状態に、彼をもどしてしまうのであった、彼の残酷な嫉妬は、オデットの告白によって彼に痛撃をくらわせるために、まだ何も知らない人の状態に彼を置きなおし、そして数カ月後には、古いこの話が、はじめてもたらせた事柄であるかのように、依然として彼の心を点灯させるのであった。スワンは彼の記憶のおそるべき再創造力に感心するのであった。彼がそうした拷問の苦しみの鎮静を期待することができるのは、この母胎が衰えて、多産の繁殖力が年齢とともに減少するのを待つよりほかになかった。しかし、オデットのいった一つの言葉に、彼を苦しめる力がやや衰えたらしく見えると、それまでスワンがさして気にとめていなかった、ほとんど新しい一つの言葉が、たちまち交代にやってきて、元気な力で彼に痛撃を食らわすのであった。
P628
なぜなら、われわれが恋だと思い、嫉妬だと思っているものは、連続した、分割できない、同一の情熱ではないからだ。それらは無限に継起する恋、無限に異なる嫉妬からなりたっていて、その一つ一つはつかのまのものなのだが、多くのもののなかに生きつづけた恋、普遍の相を呈した嫉妬は、じつは無数の欲望、無数の疑念の、つぎつぎの死と豹変とからなりたっていたのであって、それらはすべてオデットを対象としていたのであった。もし彼が長いあいだ彼女に合わないでいたとすれば、そのあいだに死んでしまうもののあとには、けっして他のものがそれに代わることはなかったであろう。しかしいつも彼のまえから離れないオデットの存在は、スワンの心に愛情と疑念の種をかわるがわる蒔き続けるのであった。
— マルセル・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第1篇 スワン家のほうへ
スワンの恋より… p503
そんなとき、彼女が彼とフォルシュヴィルにオレンジジェードをつくっているあいだに、突如として、あたかも焦点の合わない証明が、はじめは対象のまわりの壁面に大きな幻のような影をさまよさせるが、やがてその影がせばまり、対象のなかに消えうせるときのように、スワンがオデットからつくりあげていたおそろしい、動揺する思考は、すべては消えさり、スワンの面前にいるそのかわいい女のからだのなかにはいって一体となるのであった。彼はふいにこんなことを考えるのであった、ーーこのようにオデットのもとにいて、ランプの下で送るこの時間は、おそらく芝居の小道具やボール紙の果物で組み立てられた人工的な時間、彼のためにとくに用意された時間ではなくて(つねに自分の念頭にあって、しかもはっきり想像することができない、あのおそろしく、また感覚をそそるもの、すなわち、オデットのほんとうの生活、そんな実生活の一時間を被いかくすためのいつわりの時間がではなくて)、これこそおそらくオデットの正真正銘の一時間なのではないか、もしここに彼がいなかったら、彼女はフォルシュヴィルにやはり同じ肘掛けをすすめ、名も通っていないような飲物ではなく、きっとこのオレンジジェードを注ぐのではないのだろうか、オデットが住んでいる世界は、あけても暮れても彼が想像のなかで彼女が住まわせているあのおそろしい超自然の別世界でもなはなく、特殊な悲哀を発散させてはいず、またそこには彼がこれから書きものをすることもできるこうしたテーブルがあり、彼がこれから飲ませてもらうこんな飲物もあるといった現実の世界なのではないのだろうか、と。スワンはそうしたすべてのものを、感謝とともに、それに劣らない好奇心、感嘆の念をもって、ながめるのであった、というのもそれらすべての物は、彼から夢想によってゆたかになり、夢想に現実のかたちをあたえて手に触れることができるものにし、彼の精神に興味をおこさせ、彼の眼前で浮彫になるとともに彼の心を沈めたからである。ああ!運命がオデットと一つの家に住むことを許していたら、彼女の家にいることが彼の家にいることになるのであったら、朝、オデットがボワ=ド=ブローニュ大通りを散歩したいというときに、
p.505
しかしながら、彼は、自分がそのようになつかしく思っているのは、平静、平和であって、自分の恋のためには好ましくない雰囲気ではなかろうかと、とうたがってもみた。オデットが彼にとってつねに不在で、なつかしさを残し、想像を刺激する女であることをやめるときには、そして彼女に抱く感情がソナタの楽節によってひきおこされたのとおなじあおの神秘な困惑ではなくて、愛情となり感謝となるときには、まだ二人のあいだに彼の狂気と彼の悲哀とにけりをつけるような正常な関係がなりたつときには、おそらくオデットの生活面の諸行為にはそれ自体措定は彼にとって興味のないことにみえるだろう、ーーこれまでに何度となく、たとえばフォルシュヴィルにあてられた手紙を封筒を透かして読んだ日などに、そうではないかとうたがったように。彼はあたかも研究のために自分の病菌を接種したかのような明敏さで、彼の痛みを考察しながら、自分にいうのであった、この痛みから回復してしまったら、オデットが何をしてくれようとも、彼にとってはもうどうでもいいことになってしまうだろう、と。しかし、じつをいえば、そんな病的な状態のなかで、彼が死とおなじほどおそれていたのは、現にあるすべての彼の状態の死を意味するそのような快癒なのであった。
p476
オデットの生活のほんのわずかだが、あたかも未知の世界のなかにじかに切りこまれたせまいあかるい裁断面を通して見るように、彼のまえに暴露されたのであった。ついでに彼の嫉妬は、そのように露見した秘密をたのしむのであった、その嫉妬は、まるでひとり立ちしてゆき、自分だけを肥やす生活力をもち、自分をやしなうものならなんでも、たとえスワン自身を犠牲にしてでもむさぼりとるといった生活力をもっているかのようであった。いまこの嫉妬は糧をえたのであり、やがてスワンは、オデットが5時ごろに受けた訪問に、毎日不安をおぼえ、この時間にフォルシュヴィルがどこにいるかをするようになるだろう。(略)
彼の嫉妬は、第一、第二、第三と触手をのばす蛸のように、この夕方の五時という時間に、つぎにはまた他の時間に、つぎにはまた他の時間に、それからさらに他の時間に、というふうにぴったりとからみついた。しかしスワンは自分の苦しみを自分のなかからつくりだすことはできないのであった。彼の苦しみは外部からきた一つの苦しみの回想、そのかくし味の不断の連続にすぎなかった。
p462
彼の嫉妬がよみがえらせてくれたものは、勉強好きであった若いころのもう一つの精神作用であった、つまり真実への情熱であった、それも彼と愛人とのあいだにあって愛人の光を受ける真実なのだが、またオデットの行為、彼女の交際、彼女の計画、彼女の過去を、その唯一の対象とし、無限の価値をもった対象とし、ほとんど利害を離れた美をもった対象とするまったく個人的な真実への情熱であった。スワンの生涯の他の時期にあっては、ある人間の日常の些事や起居は彼にとっては無価値に見えた、そうした事柄についておしゃべりをきかされても無意味なことだと考えたし、また耳を傾けても、そうしたことに興味を持ったのは彼の一番卑俗な注意力であって、そんなとき彼は自分を平凡極まる人間だと感じるのであった。ところが恋愛というこの奇妙な時期には、相手の個人というものがまったく意味深長なものになるのであって、彼もまた一人の女の日常の些事にたいしてさえ、自分のなかに好奇心が目覚めるのを感じ、その好奇心は、昔彼が歴史に抱いたそれとおなじものであった。そしていままでならはずかしいと思うようなすべての事柄、たとえば、窓のまえでそっとなかのようすをさぐったり、いや、もしかすると、あすにでも、無関係者にかまをかけてしゃべらせたり、召使を買収したり、戸口で盗み聞きしたりするようなことが、彼にはもっぱら、テキストの判読、種々の証言の比較研究、記念碑の解釈などと同様に、真に知的な価値をもった科学的調査の方法であり、真実の探求に最適の方法であると思われるのであった。
p.451
そして、恋に身を置くという官能のよろこび、恋だけに生きるという官能のよろこび、ときどきその現実性が彼にうたがわれるほどの官能のよろこびのために、非現実的な感覚の愛好者として彼の支払っている代償が、要するにその彼にその官能のよろこびの価値を増させたのである、ーーーあたかも海のながめや波のひびきをそれほどすばらしいものとは知らない人々がそうした風景をたのしませてくるホテルの一室を一日百フランで借りることで、風景のよさと同時に、自分たちの損得を気にかけないまれにみる趣味の良さをも、自分ではっきり認めることがあるように。
p.396
おそらく、彼にとってオデットが重要になったのは、この苦悩のせいであったかもしれなかった。他人というものは、ふだんはわれわれにとってひどく苦しみやよろこびとなるものの可能性を感じ取ったとき、その人はわれわれにとってべつの宇宙に属している人のように見え、時でつつまれ、われわれの生活に感動的なひろがりをあたえ、そのひろがりのなかで、その人は多少ともわれわれに近づくにすぎないのであろう。スワンはやがて訪れる数年のあいだに、オデットが自分にとってどういうものになるかを、混乱なしには考えられないのであった。ときどぎ、そうした晴れたさむい夜に、彼の目と人気のない街路とのあいだに光をふりそそぐさめざめとした月を、彼のヴィクトリアのなかからながめながら、彼は付きの面のようにあかるくて、ほんのりばら色に染まったあのもう一つの顔、ある日彼の施行のまえに浮かびあがり、そしてそれ以来、この世界に神秘な光を投げ、その光のなかで彼がこの世界をながめるようになったあの顔のことを考えるのであった。オデットが召使たちをやすませてしまったあとに彼が着くとき、彼は小さな前庭の門の呼び鈴を押すまえに、まず裏手の通りに立ちまわり、隣接家屋の、そっくりおなじだが、もうあかりのない窓々のあいだに、ただ一つあかるく残っている彼女の一階の部屋の窓が、その裏通りに面しているところに行くのであった。彼が窓ガラスをたたくと、彼女が、それと知って答え、反対側の表入り口に出て彼を待っていた。彼はピアノの上に彼女の好きな曲のいくつかがひらかれているのを見るのであった。たとえば、「ばらのワルツ」とかダイアフィコの「あわれな狂人」など
P374
自分の生活を社交界の交際や会話などにせまく限定してきたのをつねに後悔していたのであって、これらの大芸術家たちもまたたのしみをもってそうした顔ーー彼らの作品に現実と生命との一種特別な証明、一種の現代的な味わいをあたえている顔ーーを観察し、それらをその作品に盛ったという事実のなかに、大芸術家たちから自分に与えられた寛大な一種の罪のゆるしを見出しているつもりであったのであろうし、またおそらく彼は、社交界の浮薄さに屈するままになっていたので、こんにちの人間の個人の名前に若返ることができるような、まえもってなされたそんな暗示を、古い作品のなかに見出す必要を感じていたのだろう。おそらくは、逆に、古い肖像画と、それに表現されていない彼の身辺のある個人とが、非常に類似している結果、そういう個人的な特徴がこの類似のなかで完全に解きはなたれ、自由に生かされているのをみるとき、彼は、一段とひろい意味をおびたそういう個人的な特徴をとらえてよろこぶだけの、芸術家の素質をじゅうぶんに備えていた、ともいえるだろう。;それはともかくも、彼がしばらくまえから体得するようになった印象の充実が、その充実はむしろ音楽への愛好へとともにやってきたとはいうものの、絵画にたいする彼の趣味のゆかたにしたからであって、楽しみは一段とひろくなりーーーそしてその楽しみはスワンに永続的な影響をおよぼすことになるのだがーーそのたのしみをいま彼は、オデットとのあのサンド・ディマリアーノの作になるチッポラとの類のなかに見出したのだ。
P395
この夜会から、スワンは、彼にたいするオデットの以前のような感情がふたたびよみがえらないこたお、幸福への彼の希望がもはや実現されないことを理解した。そして、たまたま彼女がまだしおらしく、やさしくしてくれた日があっても、たとえ彼女が何か心づくしをしてくれたあとでも、彼のほうに一時だけもどってきたかに見える、うそをかくしたうわべのしるしを彼は読みとりながら、最後の日が近づいた不治のやまいの友人を看護する人たちが、避けられない死を目のまえにしてそんなことになんの意味もないと知っていても、貴重な事実を話すかのように、(略)などと語るときの、あの感動と懐疑とのこもった心遣、あの絶望の底にある陽気さに注意するのであった。
P597
「人は自分が幸福なことに気がつかない。誰でもけっして自分が思っているほど不幸でもないのだ」しかし彼はこうした生活がすでに数年もつづいていることを考えた、自分が望むことのできるすgべては、こうした生活のいつまでもつづくことなのだ、幸福を何一つもたらすことのできないランデ=ヴーへの日々の期待のために、自分の仕事も、たのしみも、友人たちも、ついには全生涯さえも、犠牲にすることになるのだと考えた、そして自分の仕事も、たのしみも、友人たちも、ついには全生涯さえも、犠牲にすることになるのだと考えた、そして自分の運命を台なしにしたのではないか、自分にとって望ましい事件は、夢のなかでしか起こらなかったことをあのようによろこんだ事件、つまりあの出発ではなかったろうか、と彼は自問し、そして心につぶやいた、人は自分の不幸なことに気がつかないj,誰でもけっして自分で思っているほど幸福ではないのだ、と。
ときどき彼は、朝から晩まで外出している彼女が、街のなかや道路で、ふとした事故にあって、なんの苦しみもなく死んだらと望むことがった。そして、彼女がぶじに帰ってくると、人間のからだが、ひどく柔軟であり、強靭であって、周囲におこるすべての危険(ひさかに事故死をねがって危険を計算して見るようになって以来、危険は数限りなくあることにスワンは気づくのであった)、そんな危険を、たえず食いとめ、未然に防ぐことができ、そんなふうにして、人々にたいして毎日ほどんとさしさわりなく、その虚偽の行為と快楽の追求にふけらせていることに、彼は感心するのであった。
P612
スワンはすでにありとあらゆる可能性にあたってみたのであった。こうしてみると、現実は可能性とは無関係な何者かなのだ、それは頭上のゆるやかな雲の流れと無関係に胸に受けるナイフの一撃のようなものだ、というのも、この「二度か三度」という言葉が、彼の心臓にぐさりと刺さって、一種の十字架の跡をきざみつけたからであった。じつにふしぎなことだ、この「二度か三度」という言葉、ただの言葉に過ぎず、空中で、彼から離れたところで発生されたこの言葉が、実際に彼の心臓にふれたかのように、彼の心をひきさき、のみくだす毒のように彼を病気にすることができるとは。ふとスワンは、サン=トゥーヴェルト夫人のところできいたあの言葉、「こんどなに大したものをみたのは、コックリさん以来ですわ」を考えた。彼がいまになって感じる苦しみは、かつて想像したものとは似てもつかぬものであった。それは単に、これまでもっとも不信を抱いたときでも、こんなにまで極端な不幸を想像したことはほとんどなかったからばかりでなく、またたとえこうした不幸を想像したその想像はいつも漠然として、不確実で、そこには、「たぶん二度か三度」という言葉から出てきた恐怖のこんな異例の戦慄はなかったし、はじめてかかる病気のように彼がこれまで知ったどんな経験とも異なるこのような特殊な残酷さも、まったく欠けていたからであった。それでも、こうした不幸ののすべてを彼にもたらす原因であるこのオデットがは、彼にとっていとしい女でなくなったわけではなく、むしろ逆に、苦しみが増すにつれて、この女だけがもっている鎮痛剤的な、解毒剤的な価値が増すかのように、いよいよたいせつになるのであった。彼は悪化していることがにわかにわかった病気のように、いっそう彼女に気をつけてやりたかった。彼女が「二度か三度」やったというおそろしいことがふたたび起こらないようになってほしかった。そのためには、オデットから目を話してはならなかった。友達にその愛人の過ちを知らせるのは、かえって二人を近づける結果にしかならないのは、相手の男がそんなあやまちを信じないからだ、とよくいわれるが、しかし信じたとしたら、さらに猛烈に二人を近づけるだろう!
P617
スワンを見舞ったこの再度の打撃は、最初の打撃よりももっと猛烈だった。その事件がそんなにも最近の事柄であったとは、彼には思いおかけなかった、それは、彼が知らなかった過去ではなく、あんなにはっきりと彼が重いだせる一連の宵であり、彼がオデットといっしょに過ごし、あんなにくわしく知ったつもりでいた宵であったのに、彼の目にかくされていて、見破れなかったのだ。(略)
しかしオデットは、彼の目が、彼の知らなかった事柄、二人の恋の過去の上に、じっとそそがれているのを見た、その過去は彼にとって、これまで漠然としていたから、彼の記憶のなかで、短調で、快かったが、いまは、レ・ローム大公夫人の晩餐会がすんでから、月夜のブワの森ですごされたあの時間によって、傷口のようにきりさかれていた。しかし彼は人生をある習慣、人生を興味あるものと見なす習慣ーー人生のなかに見出すことのできるめずらしい発見に感心する習慣ーーを深く身につけていたので、このような苦痛にはとうてい長く堪えることはできないと思うほど苦しみながらも、心のなかではこういうのであった。「人生はじつにおどrくべきものであって、思いがけない美しいものをたくわえている、悪徳にしても、要するに、案外範囲が広いものなのであろう。ここにぼくが信頼していた一人の女がいる、いまでは至極単純で、たいそう誠実そうに見える、たとえ浮薄な女であったとしても、ともかく、本人は正常で、好みも健全に見えた、そんな女を、ぼくはほんとうらしくもない密告にもとづいて詰問する、そして彼女の告白したわずかのことが、ぼくのうたがよいよりもはるかに多くのことをもたらすのだ。」しかし彼は、どうしてもこんなのんきな考察だけにとどめてはおけなかった。彼は結論として、彼女はこれまでにその種のことをしばしばやってきたから、それはまた今後もくりかえされるだろう、という断定を下していいかを知ろうとしてオデットが話したことの価値を正確に評価しようとつとめるのであった。彼女がいった言葉、「そのひとがどういう魂胆でいたのか、私には見えすいていたのよ」、「二度か三度」、「あら、うそよ!」を彼は心のなかで繰り返すのだった、しかしそれらの言葉は、スワンの記憶のなかに、素手であらわれるのではなくて、それぞれがみんな短刀をもっていて、それらにふれるたびに新しく彼に一太刀浴びせるのであった。かなり長く、彼は、病人が痛むからだをたえず動かさずにはいられないように、「私はここのほうがいいわ」、「あら、うそよ!」といった言葉を口のなかでくりかえしたが、苦しみがあまりにもはげしいので、中止しなくてはならなかった。彼はいつもあんなに軽く、あんなにのんきに判断していた行動が、いまでは致命的な病気のように重大なものになってしまったことに愕然とするのであった。彼はオデットの監督をたのむことができるような多くの女性を知っていた。しかし、彼女らが現在の自分とおなじ見地にたってくれることをどうして望めるか?
P621それに時がたつにつれてすこしは忘れたところで、また、罪をゆるしたところで、なんのたすけにもならなかったーー彼がそれらの言葉をくりかえすと、あのおなじ苦しみが、まだオデットがうちあけなかった以前の状態、何も知らずに信じきっていた状態に、彼をもどしてしまうのであった、彼の残酷な嫉妬は、オデットの告白によって彼に痛撃をくらわせるために、まだ何も知らない人の状態に彼を置きなおし、そして数カ月後には、古いこの話が、はじめてもたらせた事柄であるかのように、依然として彼の心を点灯させるのであった。スワンは彼の記憶のおそるべき再創造力に感心するのであった。彼がそうした拷問の苦しみの鎮静を期待することができるのは、この母胎が衰えて、多産の繁殖力が年齢とともに減少するのを待つよりほかになかった。しかし、オデットのいった一つの言葉に、彼を苦しめる力がやや衰えたらしく見えると、それまでスワンがさして気にとめていなかった、ほとんど新しい一つの言葉が、たちまち交代にやってきて、元気な力で彼に痛撃を食らわすのであった。
P628
なぜなら、われわれが恋だと思い、嫉妬だと思っているものは、連続した、分割できない、同一の情熱ではないからだ。それらは無限に継起する恋、無限に異なる嫉妬からなりたっていて、その一つ一つはつかのまのものなのだが、多くのもののなかに生きつづけた恋、普遍の相を呈した嫉妬は、じつは無数の欲望、無数の疑念の、つぎつぎの死と豹変とからなりたっていたのであって、それらはすべてオデットを対象としていたのであった。もし彼が長いあいだ彼女に合わないでいたとすれば、そのあいだに死んでしまうもののあとには、けっして他のものがそれに代わることはなかったであろう。しかしいつも彼のまえから離れないオデットの存在は、スワンの心に愛情と疑念の種をかわるがわる蒔き続けるのであった。
— マルセル・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第1篇 スワン家のほうへ
「そうそう、あなたはセヴィニエ夫人をお読みですのね。はじめてお着きになった日から、あなたがその「手紙」をおもちになっているのをお見かけしています。娘のことをいつもあのように気にかけるのはすこし大げさだとお思いになりませんかしら。あまり言い過ぎるとかえって真情が出ませんのね。自然らしさがかけるのですわ」祖母は議論しても無駄だと思った、そしてわかりもしない人のまえで、自分が愛しているものの話をしなくてはならない羽目に陥るのを避けるために、「ボーセルジャン夫人の回想録」をハンドバッグの下に隠した。 — p.15、マルセル・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第2篇 花咲く乙女たちのかげに I
そうしたすべてが感受性に富んだ知識人のまえにじつに奥深い一つの世界をつくりだすので、彼の嫉妬は、その深さをはかってみたい欲望にとらえられるのであろうし、その深さは彼の理知の興味をそそらずにはいられない。まさにそのような人間であったというわけではないが、おそらく私は、アルベルチーヌが死んでしまったいま、彼女の生活の秘密を知ろうとしているのであろう。しかし、そのこと、すなわち、ある人の秘密をあばこうとする行為がその人の地上の生活のおわったあとでしか起こっていないということは、われわれが心の底では誰も来世を信じていなことを証明するものではないだろうか?もしそんなふうにしてあばかれる秘密が真実であるならば、われわれは女が生きていたあいだは彼女の秘密をかくす義務があると思っていた場合とおなじように、天国で彼女と再会するであろう日にも、その行動をあばかれた女のうらみをおそれなくてはならないであろう。またもしそんなふうにしてあばかれる秘密が虚偽でありつくりごとであるならば、女はもう生きていなくてそれを否定することができないのだから、われわれは、もし天国を信じるなら、死んだ女のいかりをなおさらおそれなくてはならないだろう。ところが、われわれは誰も天国を信じてはいないのだ。 — p.360、マルセル・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第9篇 逃げさる女
おそらく彼も、はじめは、彼の真価を理解しなかったり彼の感情を害したりした人々にたいして、自分の作品で、遠くから呼びかけていること、自分についてもっと高尚な観念を抱かせようとしていることを考えて、孤独のなかで楽しみを感じたことだろう。たぶんそのころは、他の人々に無関心になるためでなく、他の人々を愛するために、ひとりで生きてきたのだろう、たとえば私が、他日もっと好調な旗色のもとにジルベルトのまえに姿をあらわそうとして、いったん彼女をあきらめたように、エルスチールもまた、ある人々のところにいずれ帰ってゆくためにー彼自身がふたたび姿をあらわさなくても、人々から愛され、讃美され、語りぐさにされるためにーその作品をかいていた。あきらめはかならずしもはじめから一貫したものではない、たとえ病人、修道士、芸術家、英雄のあきらめであっても、はじめは、それまでの古い気持ちで、それを決心するのであって、あきらめがわれわれに反作用をおよぼすのはあとからである。しかし、ある人々を目あてに作品をつくろうと考えていたとしても、いざそれを制作する場合の彼は、社会を遠く離れ、それに無関心になり、ひたすら自分自身のために生きたのであって、孤独の実行が孤独愛をもたらしたのであった、そういうことはよくあることで、大きなことははじめから怖くて手が出ない、というのも、自分の愛着しているもっと小さなことにうまく折り合いがつかないのではなくてそれから開放されてゆくのである。大きなことを知るのに先立って、われわれのなすべきことは、 その大きなことと、その大きなことを知ってしまった場合にすぐに快楽ではなくなってしまうような快楽とのあいだに、どの程度折り合いをつけることができる — p.235、マルセイ・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第3篇 花咲く乙女たちのかげに II
そればかりか、ある時期にわれわれがみたある物、われわれが読んだある本は、われわれのまわりにあったものにだけいつまでもむすびついているわけではなく、当時のわれわれがあった状態にも忠実にむすびついている。それがふたたびわれわれの手にもどるのは、もはや当時のわれわれの感受性、または当時のわれわれ自身によってでしかありえない。私が図書館にはいって、他の思考をつづけていても、「フランソワ・ル・シャンピ」をふたたび手にとると、ただちに私のなかに一人の少年がたちあがり、私の位置にとってかわる。そんな少年だけが、ただひとり、「フランソワ・ル・シャンピ」という表題を読む権利をもっている、そしてそのときの庭の天気と同じ印象、土地や生活についてそのころ抱いていた夢とおなじ夢、あすへのおなじ苦悩とともに、そのときに読んだ通りに、彼はそれを読むのだ。私がもしちがったときのある事物をふたたび目に見るとしたら、そのとき立ち上がるのは、また一人の年少者であるだろう。きょうの私自身は、見すてられた一つの石切場にすぎず、その私自身はこう思いこんでいる、この石切場よりに転がっているものは、みんな似たりよったこといであり、同一調子のものばかりだと。ところが、そこから、一つ一つの回想が、まるでギリシアの彫刻家のように、無数の像を切り出すのだ。私はいおう、ーわれわれがふたたび見る一つ一つをお事物が、無数の像を切り出す、と。たとえば、本は、その点に関しては、事物としてこんなはたらきをする、すなわち、その背の網目のひらきかたとか、その髪質のきめとかは、それぞれのなかに、りっぱに一つの回想を保存していたのであって、当時の私がヴェネツィアをどんなふうに想像していたか、そこに行きたいという欲望がどんなだったか、といったことのその回想は、本の文章そのものとおなじほど生き生きしている。いや、それ以上に生き生きしているとさえいえおう、なぜなら、文章のほうは、ときどき傷害を来すからで、たとえばある人の写真をまえにしてその人を思い出そうとするのは、その人のことを思うだけでがまんしているときよりも、かえってうまく行かないのである。 — p.347、マルセイ・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第10篇 見出された時
しかもその夜は、おそらく、私の生涯で、もっとも甘美な、そしてもっとも悲しい夜であった。その夜私は、ああ!(神秘なゲルマント一族が、私にはとうてい近よれないもののように思われていた一時代であった)、両親から、権威の最初の放棄を獲得したのだった、その時点に、私の健康と意志の減退や、困難なつとめへの日増しに強まる私の断念を、さかのぼらせることができるのであった、ーそのような本が、きょうのこの日に、まさしくゲルマントの図書館のなかで、また私の生涯の目的を、おそらくは芸術の目的をさえも、突然照らし出したのであった。書物の特製造本にしても、それが生きた意義をもつならば、やはり私はそれに興味を感じることができたであろう。ある著作の初版が、他の版よりも私にたいせつになる、ということもあっただろう、しかしそれは、私がはじめてその著作をよんだ版が初版であったという意味においてであろう。私が初版本を求めるとすれば、私が意味する初版本は、その版によって私がその書物のオリジナルな印象をもった、そんな版になるだろう。なぜならそれ以後の版は、もはやオリジナルな印象をもった、そんな小説にたいして私が昔の装幀を蒐集するとしたら、私が読んだ最初の小説類の当時の装幀、パパがあんなにたびたび、「からだをまっすぐにして」と私に注意することおをきいていた装幀を蒐集するだろう。われわれがはじめて女に会ったときだその女が着ていたドレスのように、そのような装幀は、そのときに私が抱いた愛とそのときの私の目に映じた美とをふたたび見出すためのたすけになるだろう、そんな最初の美の映像をふたたび見出そうとして、私はその美の上にこれまで
あのように多くの映像を、それもそのたびに愛がうすれてゆく映像を、かさねてきたのだった。しかしそんな私はもう最初の美の映像を見たときの私ではないのである。同時の私の自我が親しく知ったそんな事物でいまの私の自我が知らない事物を、いまの自我が思いだすには、いまの自我は、どうしても当時の自我に場所をゆずらないとならないのだ。
— p.350、マルセイ・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第10篇 見出された時
ああ!どんな高い理性も心のなぐさめとならず、体の調子がよく気分が静かで、なんとなくぶらぶら遊んでいるときだけが心たのしい私、そんな私に、彼のいうことは、なんとあてはまらない気がしたことであろう。自分で人生に望むものがいかに形状学的なものにすぎないかを私はよく感じていたし、理知などなくともいっこうに平気であると思われるのであった。まちまちのみなもとからやってくる快楽、それが深いものか浅いものか、長つづきするものか短いものか、そういった区別をつけることができなかった私は、彼の言葉を答えようとするとき、こう考えた、自分が望ましいのは、ゲルマント公爵夫人と親しくできるような生活とか、シャン=ゼリぜの入市税納付所であったあの有料便所のように、コンブレーを思い出させるあのひんやりとした匂いをたびたび嗅ぐことができるような生活とかであるのかもしれない、と。ところで、さすがにうちあけかねたそんな生活の理想には、理知の快楽などは私にはどんな位置も占めていないのであった。 — p.241、マルセイ・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第2篇 花咲く乙女たちのかげに I
私は思い浮かべるのだった、彼がはじめてバルベックにやってきたとき、白っぽいウール地の服を着て、海のようにみどりがかったよく動く目をして、ガラス戸が海に面している大食堂に隣接したロビーを横切っていった姿を。私は思い浮かべるのだった、そのとき私の目に映ったいかにも特別な人間、そういう相手と友達になることが私にとってあんなにも大きなねがいであったあの人間を。そのねがいは、私の予想しえた限度をはるかに越えて実現したのだったが、そのときは、しかしほとんどどんなたのしみももたらさなかった、そして、あのエレガントな外観がかくしていたすべてのすぐれた価値はもとより、その他さまざまの事柄に私が気がついたのは、あとになってからだった。よいものもわるいものもふくめて、そうしたすべてを彼はふんだんに、毎日のようにもたらしたのだった、そして彼が自分のもっているすべてのもののなかの最後のものをもたらしたのは、あたかもいつかの夜、私が席を動かなくていいように、自分から彼がレストランの長椅子の上をつたって私のところへとびこんできたときのように、彼が鷹揚な心と、他社への奉仕とから、ある塹壕に突撃していったときだった。それにしても、バルベックのあのロビー、リヴベルのカフェ、ドンシエールの騎兵隊の営舎と将校たちの晩餐の席、彼があるジャーナリストに平手打ちを食らわせた劇場、ゲルマント大公夫人邸、といったあのようなまちまちな地点で、あのように多くの間隔をおいたあのようにさまざまな状況のなかで、結局私はあのようにわずかしか彼に会わなかったけれども、かえってそのことが、彼の生前の生活からより鮮明な、より明確な画面を私の目に描かせ、彼の死から、より明瞭な悲しみを私に与えるのであった。相手を愛する度合いは強くても、われわれは、あまりしげしげ会っていると、その相手から抱く映像は、差異のほとんど感じられない無数の映像の漠然とした平均値でしかなくなるのであり、また愛情がいつも満たされていると、それよりももっと大きな愛情の可能性を夢みることはなくなるのであって、たとえば、双方の意志に反したかけちがいで不首尾な出会いをかさねているあいだに、結局かぎられたわずかな時間しか顔を合わせなかった人たちは、そんな外的状況にさまたげられたというだけで、相手への愛情はますます大きくなったであろう。 — p.281、マルセイ・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第10篇 見出された時