きみたちのなかには、今日のような極度にいらだたしい世界情勢のもとで、文学なんか研究するのは、まして構造だの文体だの研究するのは、精力の浪費だと思う人がいるかもしれない。(略)
わたしが、この講義で取り上げた小説から、きみたちがはっきりとした人生の問題に応用できるようなことは、なにひとつ学ぶことはできないだろう。これらの小説は商社の事務室や、軍隊のキャンプ、台所や育児室ではなんの役にも立つまい。実際、わたしがきみたちと分けあおうとしてきた知識は、まったくの贅沢品だ。それはフランスの社会経済を理解したり、女性の心や青年の心の秘密を理解したりするには、なんのたしにもならないだろう。しかし、きみたちがわたしの指導にしたがったなら、霊感を受け精密に成った芸術作品が与える純粋な喜びを感じる役には立つだろう。そしてこの喜びの感覚が今度はさらに純粋な心の慰めの感覚、つまり人生の内部構造はさまざまに失敗やへまをやらかすにもかかわらず、やはり霊感と精密さからなっているものだと気づいたときに感じられる心の慰めを、しだいに生み出してくれるのだ。
p.481、結び、ナボコフ、ヨーロッパ文学講義