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私はこのときの退出のことがいまでもそっくり目に浮かぶ、このような階段の上にサガン大公を置くのは額縁からはずした肖像画のようで当をえないかもしれないが、そのサガン大公の姿がありありと私の目に浮かぶ、大公にとってはこれが社交生活の最後の夜会になったのであった、その大公は、公爵夫人に敬意を表すために帽子をぬいで、胸のボタンホールにさしたくちなしの花とよくマッチする白い手袋をはめた手をあげて、そのシルクハットをゆったりと大きくまわしたので、それがアンシアン・レジムの羽かざりをつけたフェルト帽でなかったのがふしぎに思われたほどであった、この大貴族の顔のなかには、アンシアン・レジムの幾多の先祖の顔が正確に再現されていた。彼は公爵夫人のまえにはほんのしばらくしかとどまらなかったが、たとえ一瞬であっても、彼のポーズは、完全な一幅の活人画、歴史的な一情景ともいうべきものを構成するのに十分であった。それにまた、彼はそれからあとで死んだのだし、生前はちらと見かけたにすぎなかったのだから、私にとって彼はまったくの歴史の一人物、すくなくとも社交界の歴史的な人物をいなってしまい、私が知っているある女性や男性が彼の妹であったり甥であったりするのを考えると、ふしぎになることがあるのだ。
p.207、マルセイ・プルースト(井上究一郎訳)、失われた時を求めて 第6篇 ソドムとゴモラ I